公開批評コーナー、通算7回目のフィーチャー。
いつもありがとうございます。
いくつか興味深い指摘があったので所感を少しばかり。

ポジティブな点としては:
・色々なレベルでものすごく力強い作品。コンセプトも強い、構図も強い、対象一つ一つの作画も強い。
・沢山の円によって生み出されるビジュアル・リズムの面白さと、それがただの繰り返しにならず、サイズの違いやアングルの違いによってバラエティも表現できている。これらはいずれもアートの原理原則を成すものであり、統一感、ハーモニーとバラエティの両方をバランスよく一つの絵で表現できている。
・ペンという画材の扱いについては申し分なく、技術力の高さはプロフェッショナル・レベル。
・提出された一連の作品を見て、完全にユニークな作風を確立しており、強力なartistic voiceというものを持っている。大変matureな作家である。すぐにこの人が作者だと分かる明確なスタイル。複雑なコンセプト、特にこの作品にみられるような難易度の高いコンセプトを一貫性のあるやり方で作品にまとめ上げる力のおかげで、非常に力強い作品を生み出せる。

修正するとしたら:
・子猫の数は3か1がベター。猫に限らず、焦点となるものが2つだと、見る人の注意がその2点の間で分かれてしまうので、基本は奇数がよろしい。
・光源の位置に一貫性がないので、もっと統一感を持たせたシェーディングが望ましい。

修正提案については、両方とも却下。
子猫が3匹だと画面がもふもふになりすぎるし、3匹いると、さすがに子猫の存在感が大きくなりすぎて、原題”camouflage failure”「カムフラージュ失敗」というタイトルの説得力がうせてしまうため。
それに、見る人の目線があっち行ったりこっち行ったりの何が悪いのかが分からない。それをこそあえて狙った構図だって十分あり得ると思う。

光源の件は、統一してしまうと、フルーツとフルーツの区別がごちゃごちゃになり、何を描いているのか分からなくなるので、敢えて統一を避けることを選んだ。
そもそも、スポットライトを色々な方向から当てた状況と考えれば、シェーディングに一貫性がなくなるのは当たり前のことだし、実際、映像でも写真でも、そういうライティングのやり方はあるので、絵でそれをやってはいけない理由がない。

というわけで、どうやらポジティブコメントの方だけ気にすればいい状況のようですが(←)、「色々なレベルで」というコメントでそうそうと頷いてしまいました。制作サイドとしてはもちろんのこと、鑑賞者としても、こういう包括的な見方で作品を観れなければなりませんねと改めて思いました。

難しいコンセプト云々のところは、これまで批評コーナーでいただいたあらゆるポジティブコメントの中で一番わが意を得たり感のあるコメントでした。
映像の方で、なぜショートアニメに特化して制作をしているのかというと、それが密度の高いコンセプト作品のフォーマットとして最適なためです。
今制作中のアニメは、生まれと育ちに対する負い目から、自分で何かを選ぶという感覚が分からず、周りの期待通りに生きる以外の選択肢がないと思っている少年が主人公で、この子がその感覚を持つにいたる過程を追うというコンセプトです。持てる者持たざる者とよく言われますが、自己決定権もまた、持てる者と持たざる者の格差が非常に大きいものの一つ。
この点で、持たざる者が持てる者に向ける複雑な感情やそれがどんな言動になって表出するのか、持たざる者の立場として生まれ育ち、その立場に固有の思考や行動パターンを身に着けた子どもが、変われるとしたらどんな時なのか。そういう話なので、先生のおっしゃるところの「難易度の高いコンセプトを一貫性のあるやり方で作品にまとめ上げる力」が、これ以上ないほど要求される仕事です。

9月いっぱい、映像ソフトをいじりながらストーリーボードを作っては直し作っては直しの繰り返しでしたが、やればやるほど、コンセプトを純度の高い方法であぶりだせるようになるので、しめしめ感止まらず。
10月は、商売の方が忙しすぎて映画の方には手を付けられず。
11月からはどんどん作画です🐈